2012年04月30日

辻仁成著「まちがい」

富裕層にターゲットを絞り込んだ戦略が功を奏し急成長を遂げたが、
相沢秋声の事業は世界的な金融不安によって、急激な店舗展開と
設備投資が裏目となって経営が行き詰った。

榊原大悟に自分の事業の失敗から資金援助を申し込んだ。そのこと
がこの物語の始まりになる。

大悟が出した資金援助の条件が自分に愛人ができて子供ができそう
なので、女房と離婚できるよう女房と関係を持ってほしいという。

なんとも馬鹿げた身勝手な条件を秋声は呑んでしまう。

これが彼の人生を大きく狂わすことになる。

まちがいという単語を辞書で引くと、しくじり、真実とは違うこと、
異常な出来事、そして情事などが出てくる。

相沢秋声はいま、仕事上大きなしくじりを経験し、真実とは違う人生
を歩まなくてはならなくなって、その結果異常な出来事に遭遇し、
榊原大悟の妻「冬」と情事を持ってしまった。

間違いの反意語は‥成功、真実、正常、そして純愛ということになるの
だろうか?

相沢秋声はばかげたまちがいをどういうかたちで今後進んでいくのか?
榊原大悟はうまく離婚できて幸せな家庭を持つことができるのか‥と
推理しながら読むと面白い。

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さて、今年2012年度から中学校の保健体育で柔道や剣道そして相撲
などの武道が必修となります。

この武道の必修化は安倍晋三・元首相が推し進めた教育改革の一環です。

これは短命内閣のおこした「間違い」なのでしょうか?

柔道、剣道、相撲の3種目から学校で1つを選択して中学1、2年生の生徒
に教えるというのですが、剣道は防具や竹刀などの道具をそろえるのが
大変だし、相撲は土俵を作るのも費用がかかるとか、やまわし姿が恥ず
かしい?など、の理由から比較的簡単な柔道を選択する学校が最も多い
と見られています。


しかし、柔道では過去に事故があったこともあり、指導者側の安全面に
もっと注意した制度設計がされていないととんでもないことになると、
きちんとしていないといけないことはもちろんです。


私は中学のころに剣道を部活で始めましたが、先輩から道具を譲って
もらって、自分で買ったのは竹刀と籠手だけだったと記憶しています。

最近の子供は人が使ったものは嫌だという子が多いでしょうから、
剣道の武具の通販も今は人気だそうです。



ニックネーム 愚痴家 at 03:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書

2012年04月15日

伊賀忍び控え帖 津本 陽

太兵衛は6歳から父弥市、祖父甚助に忍術の伝授を受けた。
初めは身の丈よりも高い崖の上に立たされ、下へ飛ぶ稽古だった。

崖下には6尺(182cm)おきに杭が立っている。

「これは胆を練る稽古だ」といわれ仕方なく飛び降りたが、慣れて
くると杭の幅が三尺(90cm)に狭まった。

これができるようになると「さあ、今度は後ろ向きに飛ぶんだ」と
いうように、忍術の基本を毎日仕込まれていった。

太兵衛が7歳の初秋、突然雷尾が落ちたような激しい物音とともに
襲撃者が太兵衛の遠山一族の屋敷を襲い、太兵衛一人を残して
すべてが命を失った。

乳母のたきが「みな遠いところへいっていまわった」とつぶやいた。

このとき以来、太兵衛は笑い声をあげることのない少年になり、
非業に倒れた遠山一族の恨みを晴らしてやると心に誓い、ひたすら
技を練磨知することに精進した。



これからが太兵衛の活躍の場面になるのですが、これから先は
本を手にとってご自分で楽しんでください。




伊賀忍び控え帖
ニックネーム 愚痴家 at 21:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書

2012年03月22日

NHK取材班の「核を求めた日本」

世界で唯一の被爆国の日本はなぜ「核」を求めたのか??


非核3原則いわゆる『核は作らず持たず持ち込ませず』という
ものすごく理想的なフレーズが戦後の日本を縛ってきた。

実のところ作ろうと思えばボロンと作れる技術的な能力はあった
ようだ。しかし、作らなかった。

持てる力を有しながら、あえて核を持たなかったことによって、
佐藤元首相はノーベル平和賞を受賞したが、本当は裏では核を
つくることを考えていたのかもしれない。

核を持たないことは、核攻撃の危険から逃れるためにはアメリカ
による核の傘での防衛の手立てが必要だった。


だから、日本国民には非核3原則を守るという姿勢を見せながら、
海外にはアメリカ軍による核の傘による防衛。

つまり日本への核の持込を暗黙の了解で認めていたということなん
です。

要するに政府は国民にはうそをついていた。

そして日本国民も政府がうそをついているであろうことを感づいて
いながらアメリカの核の傘の下で平和な生活を満喫していた。

わたしはこの本を読みながら、このことは日本人のもつ国民性なの
かもしれないと思いました。

優柔不断のような姿勢を思わせながら、相手の力を利用して自分に
有利な展開を図ろうとするズルイところがある。


悲しいかな広島や長崎の被爆のことはもう過去のものとして、ほとん
どの日本人の日常生活からは完全に忘れ去られている。

もう半世紀以上前のことなんですから‥仕方ないのかもしれません。

なしかし、それが今回の東北大地震のおかげで原子力が怖いものなんだと
いうことを再認識させられてしまった。

福島の原発事故は、日本人の他力本願の平和ボケに対する警鐘なのです。
いつまでアメリカの慈悲にすがり続けるのでしょう。

北朝鮮の問題もあります。
世界の工場となっている中国も怖い。



”核”を求めた日本 被爆国の知られざる真実
ニックネーム 愚痴家 at 18:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書

2012年03月20日

葉室麟の「風渡る」

秀吉の軍師の黒田官兵衛。
そして日本人修道士ジョアン。

二人は未曾有の大変革の時代の風を受けて生き抜いた。
ともにキリシタンで、その生きる道はともに茨の道であった。


黒田官兵衛は織田信長に謀反をしている大名の荒木村重の説得に
難しいとは思っていたのであろうが、なんとか説得してみせると
己の力を信じて出向いたが、牢獄に閉じ込められてしまう。


有岡城が織田方の攻めで落城するまでの間、狭い牢獄に閉じ込め
られ続けたため脚がなえてしまった。

信長は官兵衛が裏切ったと考え、人質として預かっていた官兵衛
の息子を殺すよう命じていた。


しかし、同じ秀吉の軍師の竹中半兵衛がうまくかくまっていたこと
に感謝をするとともに、官兵衛は打倒信長の意思を強く持ったこと
はいうまでもない。


半兵衛から託された遺志を引き継ぎ、明智光秀をうまくおどらせて
信長を抹殺したまではよかったが、その後は思いもしなかった秀吉
の独裁に抵抗できず九州中津に追いやられてしまった。



一方ジョアンは宣教師に仕えるポルトガル語の通訳として活躍した。

ジョアンは自分を生んだ母親がカタリナという美女であり、大友宗麟
の強引な要望で宗麟の側室になったということを、死ぬ間際の宗麟に
告白され、両親を知った驚きと幸せを感じた。


その後物語は意外な方向に進んでいって、葉室麟らしい風を残してく
れたように思います。

残念ながらアマゾンでも楽天でも売り切れです。
さすが葉室麟です。

たまにはこういう健康に関した雑誌はいかがですか?


http://www.fujisan.co.jp/product/1013/ap-nukumori
ニックネーム 愚痴家 at 20:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年03月19日

葉室麟の橘花抄

両親を亡くし黒田藩の重臣立花重根に引き取られた卯乃。
彼の後添いにと望まれるが、父の自害に重根が関与して
いると聞かされ、懊悩のあまり卯乃は失明してしまう。


前藩主の没後、立花一族への粛清が始まり、減封、閉門、
配流が行われたが重根・弟の峯均たちは従容として苦境
を受け入れる。

しかし、彼らを抹殺せんと執拗に狙う隻腕の剣士津田天馬
との対決。

息をつめて読みすすめてしまう。

橘花抄の著者葉室麟は「蜩ノ記」第146回直木賞を受賞。


葉室 麟さん(はむろ・りん)昭和26年北九州市生まれ。
西南学院大卒。新聞記者を経て、平成17年にデビュー作「乾山晩愁」で
歴史文学賞を受賞。
「銀漢の賦」で松本清張賞。過去4回直木賞候補になった。
ニックネーム 愚痴家 at 19:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書

2012年03月18日

加藤廣の 秀吉の枷

丹波の山の民の出である秀吉は竹中半兵衛を軍師として自分の
帷幕におくことに成功した。

これが秀吉の出世のスピードを上げていった最大の原因だ.

それに蜂須賀小六や前野小右衛門たちが陰で苦労を惜しまずに
秀吉を支えていったことも大きい。


半兵衛が胸の病をわずらって戦線から離れ療養していたが、その
療養先から突然戦陣に戻ってきた。

それは秀吉へ最後のアドバイスをするためであった。

そのアドバイスとは諜報網を敵だけでなく、味方の織田内部にも
拡げること、そして最後のアドバイスは信長とという覇王を地獄
へ導く手立てについてだったが‥


その手立てを半兵衛の死で最後まで聞くことができなかったこと
が謎に満ちた明智光秀の反逆や,
信長の遺体が見つからなかったこと
などの不思議な事件につながっていく。

ニックネーム 愚痴家 at 13:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書

2012年03月17日

津本陽の伊賀忍び控え帖を読みました

久しぶりに津本さんの本を詠みました。
やはりぐぐぐっと引き込まれてしまうのは
さすがだなあと思います。





津本さんを知ったのは『夢のまた夢』を読んでからだと
おもいます。



その前に『深重の海』で直木賞を受賞していたのですが
そのころは私は本を読んでいなかったので知りませんでした。



『下天は夢か』も大好きですね。
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ニックネーム 愚痴家 at 14:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書

2012年02月22日

信長の棺

この本は加藤廣のデビュー作なんだけど、力作だね。
75歳にして文壇デビューするのだから、すごい。

本能寺でなくなったとされる信長の遺骸はどこに消えたのかは
謎のまま。

誰もがしりたいことを、新人作家が解き明かそうとした。
その着眼点がすばらしいし、主人公を大田牛一という、信長公記を
書いたひとに設定したところがまたおもしろい。

源兵衛が牛一の隠居所を訪れた中盤から、ますます面白くなってくる。

山の民が加藤廣のキーワードになっているようだ。
ニックネーム 愚痴家 at 21:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書

2012年02月21日

神君家康の密書

著者「加藤 廣」

著者は75歳のとき「信長の棺」で作家デビューした非常に遅咲きの
作家です。

東大法学部を卒業後中小企業金融公庫・山一證券で要職を歴任した
後、経営コンサルタントとして仕事をする傍ら小説を書き始めた。

「秀吉の枷」「明智左馬助の恋」と続く本能寺三部作は
併せて150万部を記録。「謎手本忠臣蔵」や「空白の桶狭間」は
通説を覆すような切り口で展開してあり面白い。


「神君家康の密書」は猛将福島正則をメインに書いてある。強すぎる
が故に家康に警戒され、そして関が原の戦いの勝利のあと大封を
たものの、無断で城の改造を行ったとの難癖をつけられ、減封改易
させられた。



しかし、彼の部下は非常に優秀だったため改易による
失業後の再就職は引く手あまただったという。ところで、彼の居城
広島城明け渡しの受け取りにきた幕府の使者が永井直勝であった。


永井はなかなか腹のすわった人物だったようである。
彼の子孫が大正・昭和の文豪、永井荷風と三島由紀夫であることを
この本を読んで知った。
ニックネーム 愚痴家 at 21:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書

2012年01月30日

岩井三四二の「あるじは秀吉」を読みました

日曜のNHKの大河ドラマを、今回のドラマの出足はあまり面白く
ないなあといいながらも歴史ものはだいすきなので見ています。

そのあと、寝床で一冊読んでしまいました。
一晩で一気に読み上げてしまうのは気持ちのいいものです。

充実感を感じながらブログを書いています。


岩井三四二著『あるじは秀吉』

弥助は藤吉郎に馬を貸したことで清洲城の城主まで出世?したが‥
運はどこから転がってくるのかわからない。運をうまくつかんだ奴が
出世する。つかまえきれなかったやつは‥それなりの結末。
この本は三好吉房、坪内喜太郎、加藤虎之助、堀尾茂助、
蜂須賀小六、神子田半左衛門、小西行長など秀吉に使えた武将たち
のあまり知られていない逸話です。

小西行長の編は内容的に詳しく述べすぎているようで面白さが
薄らいだような気がしました。個人的にあまり好きになれない
タイプの武将だったからでしょうけどね。

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著者は1958年岐阜県生まれで、1996年に「一所懸命」で小説現代
新人賞を2003年に第10回松本清張賞を受賞し作家生活にはいった。
彼の著書は読み始めると時間を忘れて、あっというまに最後まで
読んでしまうという、読みやすく、巣親しみやすい魅力があります。
ニックネーム 愚痴家 at 08:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書